2000年 春 (前編)

選抜高等学校野球大会から帰って来る頃には殆ど散ってしまっている桜が、今年は残っています。
例年になく寒い春のようですが、皆様には如何お過ごしでしょうか。

3月25日から4月4日まで行われた第72回大会に参加し、グランドで5試合、幹事審判(放送席の隣に座ってグランドの審判員との連絡や指示をする役割)を
7試合務めてきました。

今回もいくつかのエピソードをお伝えします。

1.捕手のブロック(走塁妨害)の防止

捕手はボールを持っている時しか3塁と本塁を結ぶライン上に立ったり、ホームベースを覆い隠すような行動はとってはいけないことになっているのですが、
ここ10数年これが極めてルーズになり、ボールを持たないのにホームベースを塞いで、走者がベースにつくのを妨害するケースが目立つようになりました。

捕手の着けているレガース(足あて)は本来投球や打球が身体に当たるのを防ぐ目的なのですが、走者の触塁を防ぐものと勘違いしている指導者や選手も多く、
また見る方も"いいブロックですね"というような賛辞を呈する次第で、日本独特のアンフェアな野球が当たり前のようになっていたのです。

これでは本来セーフになる走者がアウトになってしまうので、今回からこうしたプレーをなくすことが高校野球の重点項目となりました。

しかし、捕手は今までの癖で無意識のうちにベースを隠そうとします。
何とかしてこれを止めさせようとして私が考えたのが、ランナーが出ると(打者が打つ前に)捕手に"足に気をつけろ!"と注意を喚起し、
また打った瞬間"足、足"と連呼する事でした。
これは大変功を奏したようで、私が球審をした試合では1度も捕手の違反はありませんでした。

本来、プレーの前に審判が支持を出すことはいけないのですが、ルールが浸透するまでは止むを得ないのではないかと思っています。

2.そんな目をしないで

今回グランドで最初に審判をしたのは国士館(東京)対高岡第一(富山)の一塁々審でした。

ご承知のように高岡第一は、敦賀気比(福井)が部員の不祥事のため出場を辞退したので、大会1ヶ月前に急遽出場することになったのです
(今回のような事が稀にあるので2月初めに行われる選考委員会で、補欠校も選んでおきます)。
あまりに急なことであったので、本当にやれるのだろうかと心配していたのですが、3対0で負けたとは言え、高岡第一は実に見事な健闘をしました。

その高岡の唯一の得点機は6回の2死1、2塁の場面だったのですが、1塁ランナーの布川君がリードが大きすぎ、捕手からの牽制でアウトになって
チャンスをつぶしてしまいました。「アウト」とコールしたとき布川君が何とも悲しそうな恨めしそうな顔で私を見つめました。
社会人や大学生はまず審判の顔を見ません(これはこれで可愛げないのですが・・・)が、高校生は殆どこうした表情で審判を見つめるのです。
何か大変残酷な仕打ちをしたようで、何度経験しても慣れません。

3.幻の記事

大会中に毎日新聞の記者から取材を受けました。
高校野球に対する感想や審判の心得などを2時間位話したのですが、記事になる予定であった4月3日に小渕首相の入院という一大事が起きて没になりました。

私が取材で強調したのは、主役はあくまで高校生。
審判は選手の祭典に便乗して楽しませてもらっているのだ。
そのためには選手が気持ちよくプレーしてもらう心くばりが大切だという事でした(例えば、選手の名前を出来るだけ覚えて名前で呼びかけるというような、
ちょっとした事。"キャッチャー"と呼ばれるよりは"○○君"と呼ばれた方が気持ちがいいでしょう。また審判をして投手にボールを渡す時にも
"しっかり投げなさいよ"という気持ちがこもっておれば、ひょっとしてそれが伝わるかも知れません。)

こうした気持ちは監督にも必要だと思うのですが、準々決勝で負けたチームの監督が、その試合でホームランを打った選手に"お前がホームランなんか打ったので
負けたんだ。お前はつなげばいいんだ(ヒットを打ってランナーをためること)"と怒鳴っていたと聞いた時には、実に情けない気持ちがしました。
これではその選手は思い切りバットを振ることが出来なくなるでしょうし、スポーツを楽しむ心が失われてしまうでしょう。
この監督は例の松井君(星稜→巨人)の5連続敬遠も指示した人ですが、強豪と言われながら頂上まで到達出来ない理由が分かったような気がします。
指揮官はは明るくて潔くなければいけません。