1998年 夏

ジャニーズJr.のアトラクションで始まった開会式、延長15回のサヨナラ・ポーク、ノーヒット・ノーランの2試合、外野フェン
ス下の1.5cmの隙間に外野手の指が挟まり試合が20分程中断した珍事(たまたま2塁審判が西宮消防署レスキュー隊員で、彼の適
切な指示で大事に至らず、変な事で審判が有名になりました)等々の話題を残した第80回全国高校野球選手権大会は、横浜高校の
史上5校目という春夏連覇で幕を閉じました。

記念大会ということで、例年より6校多い55校が出場し、2日長い会期でしたが、終盤に逆転したり、僅差まで追い上げたりの
好試合が多く、野球の魅力に酔いしれた大会でした。

1. 優勝した横浜高校(東神奈川)の試合は準決勝(球審)と決勝(1塁)の2試合を審判しました。

高校野球では試合前に部長と主将を呼び、メンバー表を交換したり、またテーピングをする選手に許可を与えることになっていま
すが、準決勝開始前、横浜の松坂投手が右腕に大きなテープを貼って許可をとりに来ました。
前日、PL学園(南大阪)との試合で延長17回を1人で250球投げた疲労が残ったのでしょう。
「今日は投げないの」と聞くと、「投げません。レフトを守ります。」との返事でした。(ちなみに、投手はテープが見える状態
で投球できません)
テープを確かめるため右腕に触ってみましたが、筋肉は柔らかく、十分投げられそうでした。
並の体力ではありません。
雰囲気が明るく好感が持てますし、春の選抜で優勝したあと"夏は自分が目標にされる"と自覚して、
より一層練習をしたというのも見上げた心掛けです。

試合は8回の攻撃まで0-6とリードされ敗色濃厚だった横浜が8回に4点、9回に3点をとって7-6の大逆転で勝ちました。
松坂君は9回の1イニングだけ投げましたが、他の投手とは全然違いました。
曲がる瞬間ボールが消えてしまうような鋭いカーブ、バウンドするかと思われる低目がストライクになるのびのあるストレート
(計測ではこの試合146km)―大学生と比べても一級品です。

あとはコントロールを身につけることでしょう。はっきりしたボールが多すぎます。

胸が痛んだのは敗けた明徳義塾(高知)おそらく打倒横浜を目標に練習に励み、9分9厘成功したかに見えた矢先の信じられない敗戦。
試合が決まった瞬間、全選手(監督もそうだったとか)がグラウンドに突伏し、暫く起き上がれませんでした。
終了の挨拶でも大きな声で泣いている選手が殆どでした。
勝負は非情なものです。

決勝戦(対京都成章)で松坂君が59年ぶりにノーヒットノーランの快挙を成し遂げたことは皆様の記憶に新しいと思います。
この試合、京都成章の田坪君が4回に打った1塁線ぎりぎりのゴロが唯一ヒットになる可能性のある当たりでした。
1塁ベース前で大きく弾んだこの打球、1塁手の頭上を越えて行きましたが、
私の目にはほんの数センチ(ボール1個分もない)ファールだったように映りました。
記録が出来るときというのは、後で考えると神様の配慮だったとしか思えないような判定があるものです。

2. この大会は、35人の審判員がジャッジしました(内訳は関西在住22、東京5、地方からの派遣8)。

その中で球審をするには、一定レベルの経験と技量が要求されますが、今大会では、関西の久保田、伏見、東京の小山の3君が
はじめて球審をし、それぞれ2試合ずつ担当しました。

私の見た限りでは3人とも最初の試合の方が上手だったように思います。

理由はこうです。

最初の球審は極度に緊張し、無我夢中で投手の投球だけを見るのです。
その意味で驚くほど雑念がないのです。
ところが2回目になると、観客のどよめき、野次、選手の態度等いろんなものが見え、聞こえるようになります。
それを自分の中に漠然と取り込み、整理しないまま判定してしまうのです。
何かしら落ち着かず、結果として注意力が散漫になってしまうのです。

こうした経験を何回も積み重ねると、同じように多くのものが見え、聞こえはするのですが、無意識のうちに賢く選択し、
必要なものだけが残るようになって円熟してくるのです。
―まぁ、夫婦みたいなものでしょう。

3. 今大会のハイライトはやはり横浜対PLの準々決勝でしょう。

延長17回の激闘の末に横浜が9-7で勝ったあの試合です。

次の関大一高(北大阪)対明徳の審判に備えてネット裏で見ていましたが、PLの先制を横浜が追いつき延長に入って横浜がリード
すると、2度にわたってPLが追いついた球史に残る名勝負でした。
技量など超越し、思い切り興奮して、力を出し切った両校の選手に我を忘れました。

戦い終わって整列したとき、PLの選手が泣きながら、しかし誠に清々しく笑って横浜を祝福していた姿が印象的でした。
―自分のしたことに誇りを持ち、満足した者だけが、心から相手を讃え、尊敬出来るものなのでしょう。
実に感動的なシーンでした。

残暑はまだ厳しいようです。
ご自愛のうえお元気でお過ごし下さい。

平成10年8月