2000年 夏 (中編)
5.思い出雑感
20年間、春・夏を甲子園で過ごしたのですが、思い出すままに記憶に残った事や感想を書いてみたいと思います。
(1)凄い打者
甲子園に行くようになったのは、池田高校(徳島)から桑田君、清原君らのいるPL学園(大阪)に覇権が移りつつあったときです。
中でも強烈な印象に残っているのは清原選手(PL→西武→巨人)です。
殆どの打者が投球が3~4mの近さに来たときにバットを振り出すのですが、
清原君は、極端な言い方をすれば投球がホームベースの上に来た時にバットを振り出すのです。
それ位バットスイングが速いのです。
甲子園に行く前に10年以上社会人野球や大学野球の審判をしていたので、凄い打者も沢山見ていたのですが、
これだけ投球を引き付けて打てる高校生がいるのには唖然としました。
私が今までに見た最強の打者は、間違いなく(高校時代の)清原君です。
王選手のホームラン記録は絶対に抜くと思っていたのですが、プロに入ってから何のタイトルも取っていないというのは、
一体どうしてしまったのでしょう。
松井君(星稜→巨人)。彼も凄い打者に違いなく、対明徳義塾(高知)の物議をかもした5連続敬遠はその偉大さの証明でしょう。
あの試合事態は審判をしませんでしたが、敬遠の度にスタンドからメガホンなどが投げ込まれ、とても高校野球の雰囲気ではありませんでした。
勝った明徳義塾の選手がすっかり悪者にされてしまい、校歌を歌っている間中、"帰れ"コールが続いたものです。
"ルールに反していないのだから構わない"という意見と"高校生らしい爽やかさがない"という意見に分かれ、世間をにぎわしたことは皆様もご記憶でしょう。
裁判でもこれに似た事が時々あり、考えさせられます。
余談ながら、明徳の次の試合(相手は広島工業)では警備員が何倍にも増やされ、ものものしい状況でした。
「これは紛争が起きるかもしれない。それに備えて、紛争慣れした弁護士が審判をしろ」ということで、
私が球審に当てられたのも、今となれば懐かしい思い出です。
忘れられないのは、負けた明徳の選手が終了の挨拶のとき「これで(郷里へ)帰れる」とつぶやいた事です。
夢に見た甲子園がこういう形で終わってしまったことに、何とも言えぬやるせなさを感じました。
以来、明徳は私が球審をすると負けるという、変なめぐり合わせになりました。(今夏もPL学園に9対4で負けました)。
しかし、敬遠の話も徐々に風化し始めましたし、今年のチームには明るさと団結力を感じました。
この調子で頑張ってほしいと思います。
(2)凄い投手
審判から見て凄い投手というのは、低目の速球にのびあがる人です。
不思議なことですが、140キロ出ていてもそうしたのびを感じない投手もいれば、130キロ程度でもそれを感ずる投手がいるのです
(今夏の東海大浦安浜名投手は後者の典型です)。
もちろん140キロ以上のスピードがあってのびあがる投手の方が凄いに決まっていますが、その筆頭は松坂君(横浜→西武)です。
ワンバウンドすると思える速球がストライクになるのですから、高校生で打てる筈がありません。
それと松坂君のいいのは、雰囲気が明るいところです。
"名投手は匂い立つように明るい"というのが私の信条ですが、松坂君にはそれがあるのです。
審判をしていても楽しくなるようなところが。
その点、今夏、九州の奪三振王と騒がれた柳川高校(福岡)の香月(かつき)投手は好投はしましたが、この明るさがないのは気がかりです。
しかし、今までに見た凄い投手を1人だけ挙げろと言われれば、やはり江川投手(作新学院→法政→巨人)でしょう。
彼は法政大学時代にしか審判をしていませんが、あのコントロールはさすがの松坂君も及ばないと思います。
スピードは松坂君の方が少しあるように思いますが、コントロールは格段の差があります。
江川君はボール半個分(ボールの直径は役7cm)を自由自在に投げ分けられる投手でしたが、松坂君にはそこまでの精密さはありません。
プロに入ってから投球数が多いのも、このコントロールのなさが原因の1つでしょう。
(3)高校生のユーモア
高校生はひたむきに野球をやっており、審判に話しかけたりしないと思われるでしょうが、結構冗談も言っているのです。
高校野球では代打の時には選手自らが名前を告げる事になっている(甲子園大会といえどもクラブ活動の一環であり、
生徒で出来る事は自ら行う、というのがその理由です)のですが、「ピンチヒッター○○です。甘くして下さい。」と告げてくる猛者(?)がいたり、
3に書いた坂本君のような選手もいます。
しかし、今でも笑い出してしまうシーンがあります。
4年前の選抜大会の準々決勝、浦添商業(沖縄)対市立船橋(千葉)の試合のことです。
球審をしていたのですが、3回を終わって11対0で浦添のリード。
しかもそれまでに船橋の投手が出したフォアボールが8個、エラーが6個というひどい状態でした。
審判にとって切ないのは、フォアボールとエラーで、これが重なるとどうしても集中力がなくなるのです。
この試合がまさにそうした状態でした。
自分では"こうしたときにとんでもない間違いをするんだ。集中して。集中して!"と顔をたたいたり、ももをつねったりするのですが、
どうにも集中できないのです。
そして4回 ― 浦添の攻撃で30cmも外れた投球を"ああ、ボールだ"と思いながら、無意識に何と「ストライク!」とコールしたのです
(10cm以上外れていれば相当ひどいものです)。
"しまった"と思った時には後の祭りです。
ネット裏の観客から"オーッ"というどよめきが起き、打者も(前を向いたままですが)「ボールですよ」と言いました。
悪いことをしたなと思っていた矢先、捕手から「お心遣いありがとうございました」と言われました。
何ともまあ・・・。