1999年 春
第71回選抜高等学校野球大会の決勝戦が行われた(4月4日)頃満開だった桜花も散り始めました。皆様には如何お過ごしでしょうか。
さて、今春の甲子園の感想をお届けさせていただきます。
1.沖縄勢 悲願の初優勝
今年の決勝戦、沖縄尚学 対 水戸商という組み合わせを予想された方はおられましたでしょうか。
審判員の仲間でも、準々決勝はおろか準決勝になった際にも当てた者は1人もいませんでした。
それ程目立たない両校、言葉を変えれば高校野球らしい直向きさと可愛らしさ(ひ弱さ)に溢れたチームの決勝進出でした。
それがまたとても好感を持てました。
この試合では1塁審判をしましたが、1塁側は沖縄の応援席で、沖縄独特の指笛が鳴り止まず、応援団の盛り上がりに圧倒される程でした。
48,000人の大観衆の8割近くが沖縄の応援という中で、70~120km/hの直・曲球を自由自在に操って頑張った水戸商三橋投手の投球術には感心しました。
松坂君のような150km/h近い豪速球も魅力がありますが、まず70km/hのゆるいカーブを外側に投げて打者を泳がせ、
次に120km/hの直球(三橋くんの1番速い球)をズバリ内角に投げて詰まらせる、この緩急の使い分けが実に見事でした。
このように、遅い球を速く見せる術は高校生レベルで簡単に出来るものではありません。
試合終了後の挨拶の時、水戸商外山主将が沖縄を祝福する笑顔も実に爽やかでした。
関東5校の選抜校の中で最後にスレスレで選ばれ、目立った選手は皆無というチームが決勝戦まで進んだ満足感と、
力を出し切った充実感そうさせたのでしょうが、心が和みました。
人間は自分のしたことに誇りを持ち、満足したときに、初めて相手を尊敬し讃える事が出来る ― 17歳の高校生にまた教えられました。
長い間審判をしていますが、球場全体がこれほど祝福した優勝は初めてです。
閉会式では水戸商応援団まで加わってウェーブが場内を3周しました。
「これで野球でも本土復帰した」と沖縄の人が語ったと聞きましたが、そんな試合の審判が出来て本当によかったと思います。
2. 野球少年をつなぎとめる努力
今大会は毎日第1試合で始球式がありました。
初日は恒例により文部大臣でしたが、2日目から決勝戦までは応募で選ばれた5~17歳までの少年・少女が行いました。
選ばれた本人は勿論、観客にも大変評判が良かったようです。
どの子も初舞台で緊張しているので、審判が代わる代わる冗談を言ってリラックスさせる。
やっと本人は笑うようになりますが、付添いのお父さんお母さんは"本当に大丈夫でしょうか"と最後まで硬い表情。
投げ終わって観衆が大きな拍手をすると顔がほころびました。
少子化や趣味の多様化で高校生野球部員は年々減少する傾向にありますが、こうした創意工夫で子供の心を野球に向けさせることは大事でしょう。
ちなみに高校生野球部の定着率(3年生まで在籍する率)は79%と大変高いものです。
"やめたくなる程厳しい練習をしなくなったからだよ"という武闘派の意見もありますが、やはり大事にしたい数字だと思います。
3.延長17回の功罪
昨夏の横浜PLの延長17回の大熱戦は、まだ皆様の記憶に残っている事と思います。
この試合はNHKスペシャルでドキュメンタリーとして放映され、高校生野球でもあれだけ高度な作戦をとるのかと驚かれた方も多かったろうと思います。
しかし、私はあれを見て危惧していたことがあります。
それは、3塁ランナーが送球を身体に当てる目的で捕手の構えている方向に走路をとることが、あたかも高等戦術であるが如き印象を与えたため、
これが悪用されるのではないかとの心配でした。
もし意図的に走路変更をすれば、ルール上は送球を故意に妨害したことになり、ランナーをアウトにしなければいけないのです。
しかし実際に審判が故意と判定するには技術と勇気がいるものです(偶然当たっても妨害にはならないし、
ましてこの場面は得点になるかならないかという重大な分かれ目なのです)。
事実、今大会でも妨害といってよいケースがありました(水戸商 対 岩国)が、審判は見逃してしまいました。
この試合の数日後に行われ、私が球審を務めた市川(山梨)対 駒大岩見沢(北海道)の試合前に、私から
"ああしたプレーは守備妨害になります。もし今日やったらアウトにします"と話したところ、
両チームの部長も主将も満足そうに大きくうなずいていました。
やはり生徒も指導者も選手も疑問を持っていたのでしょう。
そういう意味では、選手・審判双方に今後の研究課題として残されたプレーです。
4. 国際化に向けて
お気づきになられた方も多いと思いますが、今大会から球審のプロテクターが従来の手に持つアウトサイド型から、
インサイド(Yシャツの下につける)に変わりました。
2塁々審がランナー1塁、1、2塁、1、3塁、2塁の4つのケースで内野手の内側で構えることになりました。
諸外国では既にこのやり方を採用していましたが、危険であること等から我国では取り入れていませんでした。
(インサイドプロテクターでは腕や手にボールが当たる可能性も高く2塁々審も打球や送球に当たったり守備の邪魔になったりしかねません)。
しかし、高校野球の国際試合も多く行われるようになった現在、日本独自の方式を貫く訳には行かなくなり、
採用に踏み切った訳です(大学、社会人野球では数年前から採用済みです)。
インサイドプロテクターの利点は、捕手に近づいて構えることが出来るので投球が見易いことと、手が自由なので動き易い事です。
また2塁々審が内野内に位置することは、盗塁の際のランナーの足と野手のグラブの動きを前から見ることが出来るので、非常に分かり易いのです。
今大会でも2塁盗塁の判定は極めて正確に行われたように思います。
5. ちょっと気になったこと
今年は、来賓挨拶でも選手宣誓(海星高山口君)でも「平和」という言葉が使われました。
戦後半世紀以上が経ち、平和は当然のもの、絶対に失うものではないと思えていたものが、最近の情勢は必ずしも楽観を許さない、
そんな事を敏感に感じ取っているのでしょうか。
そんな思いが杞憂に終わればいいと感じながら聞き入った次第です。皆様のご健勝をお祈り申し上げます。
平成11年4月吉日